結霜加工の歴史

結霜加工は、1940年代の一部の工房でごく限られた職人の手によって施されていました。

しかし、その技術は極めて繊細で、わずかな温度や湿度の変化すら影響を与えるものでした。

一度として同じ模様を生み出すことができず、まるで霜が降りる瞬間を閉じ込めるような、偶然と計算の絶妙な均衡の上に成り立つ技術 だったのです。

やがて、大量生産の波に押され、結霜加工の技術を継ぐ者は少なくなり、次第にその存在すら知られることがなくなっていきました。

長らく職人の記憶の奥底に眠っていたこの技法は、時を経て再び見出され、現在の職人たちの手によって甦ろうとしています。

現代では、機械技術を用いた霜模様の加工も存在しますが、それらは規則的で均質なパターンであり、結霜加工が生み出す「一瞬の美」とは異なるものです。

結霜加工は、職人が膠(にかわ)の濃度や温度を見極めながら一つひとつ仕上げていくため、世界にふたつと同じものがない、唯一無二のガラス となります。

その儚さと個性は、まるで冬の朝に一瞬だけ広がる霜の結晶のように、静寂の中でひっそりと輝き続けるのです。

「奇跡の硝子」と言われる由縁

・ひとつとして同じ模様が生まれない

結霜加工は、職人の手仕事によって施される繊細な技術です。

ガラスの表面に膠(にかわ)を塗布し、乾燥・熱処理を加えることで霜のような模様が浮かび上がります。

しかし、その模様は決して再現することができません。

温度、湿度、膠の濃度、乾燥時間──すべての条件がほんのわずかでも変われば、模様の表情はまったく異なるものになる。

ひとつとして同じものが存在しない、その唯一無二の美しさこそが、奇跡のガラス」と称される本質なのです。

作り手の想いを知る

Q1. 結霜加工を手がけるようになったきっかけは?

A.

「初めて結霜加工のガラスを見たとき、その繊細な美しさに息をのんだのを覚えています。まるで霜が降りた瞬間の静寂が、そのままガラスに閉じ込められているようでした。

しかし、この技術がほとんど継承されていないことを知り、衝撃を受けました。『この美しさを未来に残したい』という想いが強くなり、職人としてこの技術に向き合う決意をしました。」

Q2. 結霜加工の魅力とは?

A.

「同じものが二つとない、ということですね。結霜加工は、ガラスの表面に膠(にかわ)を塗布し、乾燥・熱処理を施すことで生まれます。

でも、ほんのわずかな温度や湿度の変化で、模様が変わる。『職人の意図だけでは作れない』 という点が、この技術の奥深さであり、魅力でもあります。」

Q3. 一番難しい工程は?

A.

「乾燥と熱処理のバランスですね。結霜加工は、まさに“自然と向き合う技術”です。湿度や温度の微妙な違いで、仕上がりが変わります。

たとえば、今日は同じ膠の濃度で塗布しても、昨日とまったく違う模様になることがあるんです。

計算しきれないからこそ、最後まで緊張感が続く。でも、それがまた面白い。“偶然の美”が生まれる瞬間に、職人としての醍醐味を感じます。」

Q4. 結霜グラスのどんな瞬間を楽しんでほしい?

A.

「光にかざしたとき、ですね。結霜模様は、光の角度によって表情が変わるんです。

朝の柔らかい光の下で見るのと、夜の間接照明の下で見るのとでは、まったく違う顔を見せる。

手に取るたびに、新しい発見がある。それが、このグラスの最大の魅力だと思います。」

Q5. グラスを手にする人に、どんな時間を過ごしてほしい?

A.

「このグラスを使う時間は、ただの“飲む時間”ではなく、“自分と向き合う時間” になってほしいですね。

お酒でも、お茶でも、グラスを手にしたとき、ふっと静かな気持ちになれるような。

現代は時間に追われることが多いですが、このグラスがあることで、少しでも『自分だけの静寂』を感じてもらえたら嬉しいです。」

はじまり。そして、これから。

掛川城のほとりに、ひっそりと佇む美しい近代和風建築、竹の丸。

その廊下をそっと彩る一枚のガラス窓に、私は、心を奪われました。そこに広がっていたのは、冬の朝、すべてが凍てつく中でふわりと現れる霜の結晶が、まるで永遠に時を止めたかのように閉じ込められた「結霜ガラス」の世界。その静謐な佇まいの中に宿る、息をのむほどに精巧な美しさは、光の角度が変わるたび、水面に反射する光のように繊細に表情を変え、私に語りかけるようでした。

「ああ、こんなガラスがあるなんて。」初めて目にした瞬間、驚きや感動を超え、言葉にならないほどの心地よさが、スッと私の心に染み渡っていくのを感じました。ガラスなのに、こんなにも儚く、そして力強い美しさが宿っている。それは、日々の喧騒から離れ、私自身の心の奥底に、深い静けさと安らぎを与えてくれる、まさに奇跡のような瞬間でした。この美しさは一体、どうやって生まれるのだろう?この問いが、私の人生を大きく変えるきっかけとなったのです。

結霜ガラスは、膠(にかわ)という古くからの天然素材を用いた、非常に特殊な技法で生まれます。乾燥する際に膠が収縮する力を利用し、ガラス表面の極薄い層を剥離させることで、自然界の氷の結晶そのままの模様を写し取るのです。ひとつとして同じ模様は存在せず、その繊細さと唯一無二の存在感は、職人の研ぎ澄まされた技と、自然の偶然が織りなす究極の芸術。だからこそ、このガラスは「奇跡の硝子」と称されてきました。

竹の丸での運命的な出会いから、私は結霜ガラスの歴史や製法を深く探求し始めました。古い文献を紐解き、国内に残された数少ない現存する職人の方々を訪ね歩く中で、この「奇跡の硝子」がかつては広く使われていたこと、そして、その膠を使った伝統的な技法が、今、失われつつある現実を知りました。

「繊細な美しさゆえに、”奇跡の硝子”と呼ばれる結霜。ひとつとして同じものはなく、その模様は、まるで霧が降りた一瞬の情景を閉じ込めたかのよう。触れるたびに、心がほどけ、静寂に包まれる。手に馴染み、使うほどに愛着が増していく。そして、100年先も、誰かのそばでそっと息づく器。この美しさが、未来へと受け継がれていくように———。」この強い願いが、私に「結霜継承士」という道を歩む決意をさせました。失われゆく日本の美しい伝統を、現代に蘇らせ、未来へと繋ぐこと。

しかし、平面の窓ガラスに施される結霜の技法を、立体的なグラスへと応用する道のりは、想像を絶する困難の連続でした。膠の配合、温度や湿度管理、ガラスの熱収縮、そして何よりも、一つ一つ異なる“霜の表情”を意図通りにコントロールすること。何度も失敗を重ね、心が折れそうになることもありました。それはまさに、失われかけた「奇跡の技」を、孤独に、そして情熱を持って再構築する戦いでした。

それでも、結霜継承士としての使命感を胸に、諦めずに試行錯誤を続けた結果、ついに私はその夢を形にすることに成功しました。完成したグラス、それが「結霜月華」です。

手に取ると、ひんやりとした感触とともに、まるで氷の結晶が瞬時に閉じ込められたかのような、息をのむ精巧な美しさが放たれます。注がれた飲み物の色と、グラスの模様が織りなす調和は、一つとして同じものが存在しない、まさに偶然と必然が織りなす唯一無二の芸術作品。

「結霜月華のグラスは、日々の喧騒の中で、そっと立ち止まる時間を与えてくれる『静寂の器』です。日本の奥ゆかしい美意識を宿し、日常に穏やかな安らぎをもたらす存在であってほしいと願っています。」

このグラスを手にすることで、竹の丸の廊下で私が心を奪われた、あの繊細な光と影、そして深い静けさが、あなたの日常にもそっと息づくことでしょう。手のひらに広がる「奇跡の硝子」の輝きが、慌ただしい毎日の中に、小さな発見と心のゆとりを生み出すきっかけとなれば幸いです。

古の伝統と現代の感性、そして自然の美しさが融合した、手のひらに宿る「永遠の氷華」であり、静岡の地に、そして日本全国に、その美しさが文化として深く根付くことを目指しています。

月に咲く華を思い描きながら、結霜月華の唯一無二の輝きを、ぜひあなたの手で感じていただけたら幸いです。